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ブランド頼みで学力低下:改革へ間口 広がる大学院

 

毎日新聞朝刊(11版20頁)

20021013

 

 

 

 1年間に2人がノーベル賞を受賞する史上初の快挙に沸いた日本。多くの大学では大学院の定員を増やし、研究者の卵を集めるのに躍起になっている。国の大学改革で、大学院生の数や質が補助金獲得や統廃合に関係してくるためだ。東京大や京都大、慶応大といった難関大学も、大学院入試では間口が広まり、多くの学生キャリアアップを目指して挑戦している。一方で、大学受験の“敗者復活戦”とばかり、これといった目標がないままブランド頼みで進学する学生もあり、大学の思惑と裏腹に学力低下という結果も生み出している。[山本建]

 

 

 

HP「ススメ」にメール殺到

修士号は就職に有利

 

 北大経済学研究科の橋本努助教授(経済学理論)のホームページ(HP)に「大学院進学のススメ」というコーナーがある。北大を卒業して、東大大学院人文社会系研究科に進んだ瀬田宏治郎さんが大学院進学を決意した経緯や勉強方法を詳細につづった。体験談が掲載されて以降、問い合わせのメールが瀬田さんに殺到した。キャンパスを歩く瀬田さんは、教官の間でもちょっとした有名人という。橋本助教授は「外部の学生にとって、受験テクニックが手に入れにくいからではないか」と言う。

 大学院入試の結果によっては、職業の選択肢が限られかねないとして、橋本助教授は教育の「選択の自由」と「機会の均等」の充実を訴える。その最終段階に大学院を位置づけ「大学院進学のススメ」を提唱する。

 ただ、大学院を出た後の就職口は、理系こそ比較的多いが、文系は大学教員以外に探すのはなかなか難しい。それでも橋本助教授は「ビジネススクールや法科大学院などでは修士号取得に大きな価値がある。とくに国際機関に就職する場合は有利。大切なのは自分の進路に合わせて判断すること」と話す。

 米国では図書館や劇場などの運営に研究者や博士号を持った市民がかかわる。大学院教育が社会全体の文化水準を引き上げる効果もあるという。

 橋本助教授によると、大学院生の数は米国で1000人あたり7.69人と最も多く、英国の3.61人やフランスの3.65人に比べ、日本はまだ1.22人しかいない。

 

 

 

予備校

当て込むビジネスチャンス

キャリアアップ支援

 

 一方、大学院人気に当て込んで受験を支援する予備校も現れている。「河合塾ライセンススクール」(本部・東京都)は、4年前から東京都や京都府など5都道府県に予備校を展開、当初100人だった受講生は1000人にまで膨らんだ。

 同スクールで人気のある科目は二つ。入学後の研究方法や狙いを論述する研究計画書はほとんどの大学院入試で必須科目となっており、重要な審査項目。その論述方法を修士や博士課程を修了した講師がマンツーマンで指導する。もう一つの人気科目である英語とともに過去に出題された問題や最新情報を提供する。

 02年度入試の合格実績には東大や一橋大など有名国立大に加え、慶大,早大など人気私大が並ぶ。本部のある池袋校は「キャリアアップを狙ってより名の通った大学の大学院に進学したいという受講生が多い。今後もそこそこの市場として存在するのではないか」とみている。

 

 

 

北大

優秀な研究者育成へ

増やしたい院生の数

 

 旧帝大ブランドの北大でも、大学院生は増えている。今年四月に文、法、工、農の大学院7研究科に入学した学生の数は計1286人。いずれも科学技術の底上げを狙って国が打ち出した大学院重点化計画に従って、大学院の定員を95年以降に順次、倍増してきた。うち北大以外からの入学者は全体の25%近い321人に上り、「定員増に歩調を合わせて全国各地の大学卒業者が入学するようになった」(同大)という。

 研究に必要なチームワークが必要な理、工学研究科で学外の割合が20%以下なのに対し、大学院生個人で研究を進めやすい文、経、教で学外の割合が70%を占めている。

 一方、入りやすくなったがゆえに目的意識や意欲を欠いた“モラトリアム”型の大学院生も増えている。多くの研究科で大学院生がゼミの報告をすっぽかしたり、2年の修士課程の終盤になっても論文を書くために必要なデータをほとんどそろえていないといったことが繰り返されているという。

 それでも大学院生を増やさなければならない理由が大学側にはある。

 文科省は大学改革の柱として@大学の統廃合による再編A優秀な大学院に補助金を重点配分する「21世紀COE(センター・オブ・エクセレンス=研究教育拠点)プログラム」B国立大学の独立行政法人化を掲げた。道内では旭川医科大と北見工大の統合などの大学再編に続き、2日には北大と帯広畜産大がCOEプログラムに採択された。

 COEプログラムの審査にあたって文科省が示した評価基準は、分かりやすく言うと「優秀な研究者を有し、優秀な研究者を育成しているかどうか」。評価される論文を書きまくることと、大学院生を指導して優秀な研究者に育てることを同時に求められている。